るりいろアドバイザー 紹介
※アドバイザーは常駐しているわけではなく、KATOと緩くつながっている方で、必要なときアドバイス 頂いたり一緒に話を聞いてくださる方です。 現在募集中です☆
ゆーき
新加入✨社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士、公認心理師、保育士。障がい者支援施設勤務。資格も経験も豊富な頼れる兄貴分で、あなたもきっとユウキ100倍💪
ME
社会福祉士。やや明るいあまり群れないさっぱり系。ボーイズグループの推し活中。児童・高齢の相談員を長く経験。
KATO
ワーカー兼アドバイザー。得意技は「どろん」。気がつけば飲み会会場から消えてひとり喫茶店へ(笑)アバターよりもメタボでオジさんです(汗)
募集中
いつも心に花束を💐 R6/3
時々、近所の花屋さんで花束を買ってきて部屋に飾ったり、ポットのお花を庭に植えたりしているKATOです🌼 花は良いですね。咲いている期間は長くないですが、置かれた場所で文句言わずに淡々と咲く様子は、自分の人生ともつながるなあと思いつつ、僕はでもやっぱり雑草系であります🌱
株価が4万円を超え、新NISAの特集が組まれ、カフェでは投資の話をするビジネスマンが結構いたりして、なんとなく金・金・金の世の中に息苦しい日々です。何もしてない自分が投資を否定する気はありませんが、世界各地で戦争が起き、能登では地震被害の復旧が遅れ、生活保護申請が最多となっている昨今、このバブルに踊る人達とのギャップに違和感を覚えています。
最近『北の国から』のドラマをもう一度見直しています。ライフラインがつながってない中で、川から水を引き、風力発電で電気を作り、薪で暖をとる黒板五郎とその子どもの純と蛍の生活は、今の快適な暮らしに慣れてしまった自分たちへの警鐘を鳴らしているようでなりません。「爪に火をともす」ような貧しい生活ですが、そこには自分も含め今の現代人が忘れてしまった「素朴なしあわせ」があるような気がしています。
五郎役の田中邦衛さんは、本当に味のある役者さんだなと感心しつつ、ある意味こういう「土の香り」のする人が周りにあまりいないなあと感じてます。それはやや都会にいるからかもしれませんが、土にまみれながら大地に根を張り、自然の恵みに感謝をして、自分の足でしっかり立っているような、そんな人が少なくなってしまったなあとも感じてます。
そうはいっても僕は庭に花を植えるくらいしか土に触りませんが、でも土いじりや花のお世話をしていると何だか気持ちが落着いてくるのが不思議です。思い返せば、バーンアウトの前後は、庭は荒れ放題でしたね。その時間も惜しいくらい仕事してたり、近所の目が気になり、外に出られなくなっていたような気がします。少し元気が出てきたときに、最初に始めたのが散歩や庭いじりでしたが、置かれた場所でただ咲き続ける花を見ながら、自分もこうありたいと自然に感じたのかもしれません。
話が長くなりましたね。今はどこに行っても置かれた場所で咲く花や植物に目が行くようになりました。今すぐにではありませんが、僕も自然と共に生きるような暮らしができたら良いなあ、でも難しいかなあとも思う今日この頃でした🍀
「期待と信頼」僕の場合🌈 R6/2
期待:「 あることが実現するだろうと望みをかけて待ち受けること。当てにして心待ちにすること」。信頼:「信じて頼りにすること。頼りになると信じること。また、その気持ち 」 (どちらも出展デジタル大辞泉HP) 。
僕はあるときから、自分や他人に期待することをやめました。冷たい言い方かもしれませんが、期待すること=それがかなわないと裏切られた、なんてダメなやつ、と勝手になるのでやめました。僕がずっと期待していたのは主に自分。「これぐらいできるはず」「やって当たり前」と勝手に期待して自分を追い込んでました。バーンアウトにつながった要因のひとつとして、周囲の期待も含め自分にキャパ以上の期待をかけ、何とかそれを実現させようとずっともがいてきたことにあると思います。
今は自分には期待も失望もあまりしないようになりました。その代わり信頼をするようにしています。どう違う?と思うかもしれませんが、期待は受け身的で他者や自己への評価が中心。信頼は能動的であり評価ではなくあくまで自己発信、自分がどう思うかであると感じます。要は、評価にかかわらず、自分や相手の選択を信じて頼りにするということ。なので、成功も失敗も含め変わりなく信じる。そうすることで、成功しても浮き立たず、失敗しても次に生かそうと考えられます。
難しい話になりましたが、たとえば若者の就労相談で、短期間で離職を繰り返す相談者がいます。今回はうまくいくだろうと期待していると、またやめてしまったという時に裏切られた気分になります。でも相手の選択を信じるという軸を持って接していると、あまり驚かなくなります。一緒に残念がるかもしれませんが、それは共感しているということであり、一緒に溺れてしまうようなことではないのです。成功も失敗もそうではないことも含め、相手の選択を信じ続けるという姿勢を持つ自分への信頼。相手がどうこうではなく、最終的には自分への信頼ではないかと思っています。
もちろん、命の危険や自分や他者を傷つけるような事に対しては、信頼の前に安全の確保が優先であることは言うまでもないことです。
娘に話の流れで「期待してないよ」と伝えたら、「ひどい!」って言われました。親に期待してないと言われるのは、ある意味虐待ですかね。でも続きがあります。「でもあなたが選ぶことをパパは信じてるよ。だから失敗してもいいから何でもやってみなさい」と。自分が子どもの頃同じ事を言われていたら、もっと楽に生きられたかもしれません。
僕は完璧ではなく、勘違いで期待をされ自分や周囲を裏切り続けてきた人生でしたが、そのおかげで変に期待されることの辛さや、失敗した人の気持ちが少し分かるようになりました。だから相談に来た若者にこう伝えてます。「もしまた仕事を辞めてしまっても、僕は変わらずここにいますから、またゆっくりお話しましょう」と。
どんな状況になっても一人の人として変わりなく接してくれる人がいること、そのことが僕の大きな支えになりました。だから今度は、僕がそういう存在になれると期待、ではなく自分にできることがあると信じています🍀
パパの想い🌈 R6/1
写真は娘がやや昔に学校で作ったお弁当袋です。今もこうしておにぎりとか入れて職場に持って行ったりして僕が使っています。袋なんていくらでもあるし、ビニール袋に入れて持って行ってもいいのですが、このお弁当袋は娘の想いが温かく伝わって来るような気がして、どうもやめられないのです。
娘が学校に登校する際、玄関の外でいつまでも子どもを見送る母親たちをよく見ました。このシーンを見る度に温かい気持ちになったり、やや切ない感情になったりしています。自分が幼い頃そうしてもらっていたはずなのに思い出せなかったりするのですが、もしかしたら心のどこかで覚えているからなのかもしれません。その子の無事を祈る母親の姿に、自分の亡き母を重ねているのかもしれませんね。
僕が妻よりもゆっくり出勤なので、学校に行く娘を見送ることが多いのですが、恥ずかしいのと照れくさいのとで玄関外に立てないでいます。パパが見送ったっていいって胸を張りたいのですが、どうも小心者みたいで家の中の小窓からそっと見送るのを続けてます。
娘はこのことをきっと知らないですし、気持ちも届いてないのかもしれませんが、もしかしたら僕の母も同じ想いだったのかなと思う瞬間があるのと同じく、娘もいつかそう思う日が来るのかなあと思ったりもします。父はあまりそういうことをする人ではなかったので、登場してくることはなく少しさみしいですが。
即物的な物が求められる世の中ではありますが、時間を超えて届く思いというものがきっとあるんだと信じてます。このお弁当袋のように、心を込めて作ったものをいつまでも大切にするような、そんな自分でいたいなあと思いました。娘にもいつか届きますように🌈
思い出の曲♪ R5/12
「思い出の曲は何ですか?」と聞かれたら、最初に思い浮かんだのが、BACKSTREET BOYSの『I Want It That Way』ですね。2000年に発売された曲ですが、当時大学4年生?だったかな、大学のサークルでフィリピンに植林キャンプに行ったことがあって、その当時現地で大流行していた曲なので、CDを買って一緒に行った仲間とみんなで回し聞きをしていた記憶があります。
何週間も現地の一般家庭にホームステイでお世話になったのですが、慣れない環境で言葉もあまりできないこともあり、ややホームシックになったりするさみしさを埋めてくれたすてきな曲でした。
なぜ植林?と思うかもしれませんが、第2次世界大戦時に日本軍がこの島に来て森や山を焼き払ってしまった過去があり、その森をもう一度再生しようというキャンプに参加してました。僕は一度もありませんでしたが、仲間は家族を失った現地の方から責められた経験があると話してました。
歴史的な背景を肌で学びながら、現地の方と植林を通して交流し、共に汗を流し、一緒に食事をし、片言の英語やタガログ語で会話する・・・国や人種、歴史的背景などを飛び越えて、受け入れられたという体験をしてきました。最初あれだけ帰りたがっていた仲間達(自分含む)が、最後は離れがたくなって涙涙のお別れでしたね。
なのでこの曲を聴くと、あの当時の様々な感情が揺さぶられてとても切ない感情になります。今でも時々この曲が無性に聴きたくなるときがあり、心はひとりフィリピンの遠い島に飛んでたりします。皆さんの『思い出の曲』教えてくださいね🎧
BOOK DAYS📕 R5/12
大学院でオンライン授業が続き、やっぱり自分にはオンライン合わないなあと思ってサボりたくなってるKATOです💦
今読んでいる本のご紹介。漫画📕『アル中病棟~失踪日記2~』(吾妻ひでお・イーストプレス2013年)です。著者は漫画家でアルコール依存症。その失踪から入退院をする本人の体験が赤裸々に描かれています。
先日大学院のリカレント授業で講師の方から紹介をされ、さっそく『失踪日記1』から読み始めましたが、かなり壮絶な体験内容でびっくりして、これはフィクションか❓と思うくらいでした。
『失踪日記2』では病棟での生活や人間関係、AA(アルコール依存症自助グループ)や断酒会などの様子も、ざっくばらんに描かれていて、ハチャメチャさを楽しみながら学ぶことができる一冊です。
吾妻さんは残念ながら2019年に亡くなられてます。ぜひ多くの方に読んでほしいなあと思いました~🌈
ひとみしりDAYS🌱 R5/11
CAFEでデザートがあるとついつい頼んでしまう、やっぱりメタボなKATOです😅
自己紹介で「やや人見知りなんですが・・・」と言うと、ほとんどの人が信じてくれません。相談員で、講師で、キャリコンなのに人見知り~?という感じですかね。
人と話すのは好きで、やや社交的な雰囲気でそう見えないのはうれしいのですが、人見知りを隠すためにやや演じている?がんばってる部分もありますが、挙動不審だったり会話がおかしかったり、人見知りが漏れだしちゃいますね。
こうしてCAFEにすぐこもるのは、そのバランスを取っているのかなと思います。ひとりで2~3時間いたりもしますが、特にさみしいとか思わない感じで、逆にその時間が自分を安定させていると言っても過言ではありません。
先日も研修会場で、隣の隣にお世話になった方がいたのですが、向こうはあまり僕のこと知らないだろうし、急に話しかけたら困るだろうし、隣の間に挟まれた知らない方も困るだろうし・・・といろいろ考えていたら 結局研修終了してしまったので、解散後にようやく話しかけましたが、1分くらい会話して立ち去ってしまいました~。
人に話しかけるのにこれだけ考えていたら、結構疲れてしまいますよね。慣れてくるとだいぶ大丈夫なのですが、やはり久しぶりの方や新しい人へ話しかけるのは結構「人見知り全開」になります💦
でも話しかけられるのはうれしいので、すみっこで存在感消してても遠慮なくお声がけくださ~い✨
コロッケと僕🍴 R5/11
研修が終わり都心のカフェでまたまた一休みしているKATOです☕ あまりやってない僕が料理を語ることはおこがましいのですが、週に1~2回一応担当はしてますので、少しは話せるかと思います💦
最近買った料理本『きょうの料理 おしえて志麻さん! お助けレシピ100』(タサン志麻・NHK出版)です。夫婦で活用して大活躍。いろいろレシピ本買いましたが、こんな僕でもなんとなく家族に評判のいいすてきな料理が作れるのがすごいところです。
実家にいた頃の思い出は、あの時代に珍しいかと思いますが、母が不在の時、父が料理を作っていた思い出があります。野菜炒めとかチャーハンとか簡単に作れるものばかりでしたが、その思い出もあってか僕もキッチンにやや抵抗なく入ってます(偉そうですが)。
母の料理で思い出深いのは、コロッケですかね。祖母からの伝統なのか、コロッケは俵型?で食べ応えがあったのを覚えてます。なので我が家ではコロッケと言えば=俵型なのですが、外で見たことがないのでオリジナル商品ですかね。今は亡き祖母の家に行っても、やっぱり俵型でコロッケが出てきたので、伝統的なコロッケなのでしょう。ちなみに今は普通に平べったい感じですよ。
義母も料理はとても上手で、妻の実家にお邪魔するときは、いつも料理が楽しみでした。僕がいっぱい食べるからか、食べきれないくらい用意してくれました。青年期に家族団らんをあまり経験してない(覚えてない)僕は、妻の実家で温かく迎え入れてもらい、団らんを味わうことができ癒やされたのを今でも感謝しています。その経験が、今の自分の家族の原点になっていると言っても過言ではないと思います。
社会に出るのを怖がり、フラフラしてて就職も遅く、あまり貯金もなく、将来性もなさそうな感じでしたが、特に何も聞かれず暖かく迎え入れてもらったのは、今思えば本当にありがたいことだったなと痛感してます。
不登校もプータローもニートも、ひきこもりやしまいにはバーンアウトや出社拒否も・・・、ほとんど経験してきてしまった自分ではあります。今こうしていられるのも、多くの人の支えがあってのことと思ってます。そんな自分ならではのできることがきっとあると思い、この活動を続けていきたいと思います。
るりいろねっとではそんなお話もできると良いなあと思ってます。良かったら皆さんのストーリー教えてくださいね🌈
下向きの世界🕵️ R5/10
僕はいつもやや下を向いて歩いてます🚶♂️バーンアウトしたり、ひきこもっていたとき、周りの視線が怖くてなるべく下を向いていた時の名残ですね。以前は、そういう時に限ってよく仕事関係の人に会うのです💦
いつも返答に困るので、答え方を何となく考えました。「あっ、見つかっちゃいました😅」と照れ笑いで伝えると、何となく和みます🍵僕のキャラもありますかね~。
「無理して上向き(前向き)にならなくていいよ。上向きの世界には見えない、下向きのステキな世界があるよ」と、下を向きながら話す相談者には伝えてます。なんの励ましにもならないかもしれませんが。
物理的な面ですが、道端に咲く花や植物に気がついたり、デザインされたマンホールに目を奪われたり、落とし物に気がついたり・・・。
何より、相手にぶしつけな視線を送らないという優しさがある気がします☘️
コメダ珈琲と僕🌈 R5/10
コメダ珈琲はお気に入りのカフェであり、そして多分今までで一番行ったことが多いカフェです。駅前にはあまりありませんが、郊外にあってのんびりできるのが良いところですね☕
バーンアウトして休職したときにしばらくは家にいて寝ていることが多かったのですが、ちょっとずつエネルギーが回復してきて外に出ようかなと思ったときに、真っ先に浮かんだのが「カフェに行きたい」でした。仕事もできなくて、かといって遊ぶ気持ちになれないし、でも家にいるといろいろ考えてしまって・・・と言うときに、とりあえずカフェに行こうと決めました。
でも平日の日中に家を出るのも近所の目が気になるし、駅前のカフェは誰かに会うかもしれないし、と悩んだ末「そうだちょっと遠いけどコメダに行こ~」となったのでした。家から徒歩で45分くらい。往復1時間半のウォーキングはちょっときついかなと思いつつ、でも他人の目を気にしなくて良いから楽だなあと思い決行。ラジオや音楽を聴きながら、のんびり散歩を続けました。
コメダは少し高いのですが、まあまあこれまで働いてきた分お金に余裕はあったので、仕事をしてない後ろめたさはありましたが、まあ少しくらい良いかなって思って通うことができました。
お散歩は気持ちがすっと楽になります。でも他人の目が気になるのは変わらないし、色は無くグレーな世界に見えて、足にいつも鎖がついているような泥の中を歩いているようなそんな重さを感じてました。
先日、また同じ散歩道を通りコメダに行きましたが、あの頃に比べたら他人の目はあまり気にならず、自分の足で歩いているという感じがあり、鎖でつながれている感じはありませんでしたね。
道ばたの植物に目が行ったり、空や雲の色を見て癒やされたり、飛行機を発見しては乗っている自分を想像して地上を見てみたり・・・自分以外のものに目が行く色のある世界になってましたね。生きている実感があると言えば大げさですが、あの頃は死んだように生きているという感じだったので、今はそう思えるのです。
でもそれは、死んだように生きた経験があるからであり、今もなお生きている生かされている事への感謝であり、支えてもらった全ての人への感謝でもあります。
この経験はあくまで『僕のこと』であり、これから出会う『あなた』に生きるかはわかりませんが、少なくとも僕は同じように苦しんでいたり、または苦しむ人と一緒に苦しんでいるあなたの話を一緒に聞きたいと思ってます。魔法のような解決にはならないですが、一緒に世界に色を付けていくような感じで、僕もまた自分のパレットに新しい色を増やしていきたいと思ってます🎨
プラモデルと僕🤖 R5/10
昔から書くことはわりと好きだったみたいで、小学生の低学年の頃から作文が得意で、国語は成績が良い方でした。詩を書いたり、小説を書いたり、10代は多感な時期でしたね。なのでこのエッセイもわりと自由に書いていて、あまり負担では無いですね。
プラモデルとの歴史は古いです。それこそ幼稚園くらいからミニプラモデルやっていて、小学生になったらガンプラ、ミニ四駆、ラジコンだけでなく、戦国の城や戦艦のプラモデルまでとにかく夢中になっていた子どもでした。家の棚、特にピアノの上にお城が並んでいる様子は、なかなか違和感があって壮観でしたね。
数十年プラモデルから離れてましたが、30代後半からまたブームが到来しました。それは皮肉にも、仕事を休職したり退職したりして時間ができたためでした。とにかく時間だけはあったのですが、何かしてないと色々思い出してしまうので、「そうだプラモデルをやってみよう!」と思いついたのでした。
ガンプラを久しぶりに買ったのですが(たぶんZガンダムに出てくる百式)、最初はプラモデルもかなり進化していて、とても新鮮で楽しかったのですが、だんだん辛くなってきました。なかなか完成しないというイラ立ちではなく、誰もいない家で日中ひとりでプラモデルをやっている自分が情けなくなってきたりしてました。みんな働いてるよ、こんなことやってないで早く就活したら?とか自分の声が聞こえてきてしまうのです。
完成したときはうれしいのですが、それも一時のこと。何やっているのだろうというむなしさが自分を襲ってくるのでした。自分を癒やすために始めたプラモデルで、自分を苦しめてしまいました。なので、1日30分くらいでいつもやめてました。だからなかなか完成しないのであまり数はできませんでしたね。
最近、プレゼントでプラモデルを頂き、久しぶりに始めたら逆にとっても楽しいので、自分で時間を制限して止めるくらいでした。小さい頃のワクワクを思い出しました。以前と何が違うのかな?と考えると、今自分が生活も仕事もやや安定してて精神的にも落着いて過ごせているのかなということですかね。
それは別の言葉で言うなら、ワーカホリックになりがちだった自分が、今は趣味を楽しめる余裕ができたということであり、生活を楽しむという価値観に変わったという事なのかなとも思います。それを教えてもらったのが、周囲の家族や友人、同僚、同級生や先生方であり、バーンアウトを繰り返して自ら傷だらけになりながら、やっと学んだこと(まだ学び途中)なのかなと思います。
なるべく失敗しない人生を歩みたいと思ってましたが、こうも失敗が多いとそもそも人生の捉え方が間違っていたのかもしれません。自分の人生の課題はすぐにわかるものではなく、こうやって繰り返しわかるまで学ぶもの、学ばせてもらうものなのかなと今は思います。そういう意味では、失敗もある意味必修単位の授業なんだなと感じます。
必修の課題なんでサボれませんね~💦
長くなりましたね。最後までお読みくださった皆さん、本当にありがとうございます🌈
コーヒーが飲める幸せ☕ R5/10
先日専門学校で社会福祉の授業でしたが、一日7~8時間ひとりで担当するので、終わった後結構くたびれてます(学生の皆さん気にしないでくださいね💦)。翌日は必ず休みを入れるようにしていて、それでもまあまあ動けるのですが、2日位ややだるい状態になります。同時に、それだけ心も体も込めているっていうことかなと思います。
僕の恩師そしてスーパーバイザー(勝手にそう思っているだけ?)の山下英三郎先生にコスモス村SW研修の際、支援者として大切なことは?と聞くと、「自分を良い状態に保つこと」と教えていただきました。本当にそうだなあと思っていて、僕の場合バーンアウトを繰り返した経験から、体調管理やメンタル管理とても気をつけるようになりました。
講師としても相談員としても、どちらも大切なお仕事であり、無理をせず計画的に休みを入れ、100%とはいきませんが、70~80%の心身を整えるようにしています。なので、週5日フルタイムで働く働き方は自分には難しく、今は多くても週4日でのんびり働いてます。家族の理解、特に妻の理解は大きいですね。うまく伝えられてませんが・・・💧
まあカフェでこうしてゆっくりするのも、自分の心身を整えるひとつのルーティン?儀式?半分趣味?おサボり?のような感じですかね。ゆっくりおいしいコーヒーが飲める幸せを日々感じてます☕
世界各地で戦争が続いてます。ファッションのように戦争や兵器を語る人を見ると寒気が走りますが、もしかしたら自分も同じことをしてしまうかもしれません。約10年間寄付で応援している『国境なき医師団』からニュースレターが届きました。寄付することしかできませんが、平和の祈りを込めて。本当に大切にしたいひとつしかない『るりいろの地球🌏』
以下ニュースレターより抜粋
⇒MSF(国境なき医師団)は、ハマスによる市民の残虐な大量殺戮と、イスラエルによる大規模攻撃を強く非難し、紛争当事者による無差別攻撃の即時停止を求めます。MSFはガザ地区で活動を行う中で、深刻な人道危機が続いている様子を目の当たりにしてきました。今朝届いた、医師であり医療活動の副責任者である、ムハンマド・アブ・ムガイシーブによる証言では、現地の状況をこう伝えています。
「こちらはかなり深刻です。 2時間、水を探し回っても見つかりません。電力もなく、病院もほぼ機能せず、ガザの中核病院であるアル・シファ病院のやけど病棟には外科医1人と麻酔科医1人しかいません。明日がどうなるのか私たちにも分からない状況です」
ーー副医療コーディネーター ムハンマド・アブ・ムガイシーブ
イスラエル軍が行った、ガザ地区の住民に対する南部への退避要求は期限を迎えましたが、取り残される人が出てしまうことをMSFは憂慮しています。私たちは、避難経路の速やかな確保と共に、飲料水を含む必要不可欠なサービスへのアクセスの回復をイスラエル当局に強く求めます。
国境なき医師団(MSF) https://www.msf.or.jp/
Neccoカフェ🌈IN 西早稲田 R5/9
またカフェですかKATOさん、と言いたくなる方たくさんいそうですね~😅 高田馬場駅から徒歩10分のところにあります。このカフェの特徴は、発達障がい当事者の方が運営しているところです。
予約をして勇気を出して入店してみると、すでにほぼ満席でやや注目を浴びてしまい、人見知り全開で席で小さくなってました。でも優しい店員さんが隣に座って優しく説明してくれて、少し緊張がほぐれました💦
おいしいコーヒーとケーキを食べながら、ブックカフェでもあるのでたくさんある発達障がい関連の本を読んだりしてました。馴染めるかなあと思ってましたが、気さくに話しかけてくれる常連さんがいたりして、約1時間半お話を楽しみながら過ごせました~✨
診断は受けてないのですが、自分も凸凹があって苦しいときも多かったので、そのグラデーションの中にいるかもなあと感じてます🌈
バーンアウト当事者中心のセルフヘルプグループ『るりいろネット』開設準備中です。僕ももちろん当事者のひとりとして参加します🍀
CAFE SANTA🎄 R5/9
表参道にあるカフェSANTA2回目の訪問です。このカフェは年中クリスマスというとてもすてきな雰囲気の中で、おいしいコーヒーとキッシュやデザートを楽しめます。スピリチュアリストの江原啓之さんがオーナーで、息子さん達が経営をしているそうです。
亡き母が江原さんのファンで、母からの遺産で最も大きかったのはお金ではなく、江原さんの本でした。何気なく部屋に置いてあった本を読んで、それ以来私も江原さんの大ファンになりました。人生のどん底の辛い時期も含め、江原さんの言葉を母の言葉と思って何度助けられたか分かりません。
最期の1ヶ月、病院やホスピスに泊まり込んで、弟と一緒に母を看取ることができました。母の最後の願いでした。ずっと反発ばかりしていましたが、最後に濃密な親子の時間を持てたこと、お互いにわかり合えなかったことを謝る時間が持てたことは、今思えばかけがえのない奇跡のような優しい時間でした。
そんな優しい気持ちを思い出させてくれるすてきなCAFEよりアイを込めて💌